このようにフォーマリズムの理論的な洗礼を受けつつ、いかに韓国美術のアイデンティティを確立するのかという、考えただけでもスリリングで創造的な時代に韓国の美術界は出会うことになる。通常ならばミニマリズムの還元主義は、現象学的、記号論的な知的プロセスとこれまでの文脈を解体する作業を伴うため、韓国のように一気に広まることは難しいと思われるのだが、「日本の影響から脱すること」と還元主義、そして民族主義が見事にフユージョンした、きわめて希有な衝突の現場があらわれたと考えられるのである。日本の植民地的な美術教育のもとでフォーマリズムの理論まで行き着くことは、ほとんど不可能と思われるにもかかわらず、それに民族的なエートスをも加えた60年代末のモノクローム・ペインティング運動は、世界のアートシーンでも通用する優れた作家を何人も輩出することになったのである。まさに三位一体の改革であったと言えよう。

このような民族的なエートスについて金英那氏は、次のように述べている。

韓国の芸術家たちは抽象表現主義とアンフォルメルの様々な特徴の中で、その大胆な筆さばきにもっとも魅了された。しかしアメリカの作家が個人的なドラマを表現する領域としてカンバスを使うのとは対照的に韓国の作家は一般的に暗く濁った重い色を好み、ペーソスと瞑想を反映させることにより大きな関心を寄せていた。

このように、韓国の古い小屋の土塀を思わせるようなテクスチャーと厚く重い色に象徴されるように、民族的なアイデンティティにこだわることと、モダニズム芸術の先端に出会うことが自然に行われたのである。今まさに韓国独自の芸術が始まるのだという強い希望を持っていた作家が多かったのではないかと想像するのである。押しつけられた記憶を消し去り、もともとあった身体感覚に戻りながら、しかも現代の芸術とも自然と出会うのであるから、後で考えれば幸福な瞬間でもあったに違いない。モノクローム絵画の質の高さは、このような条件のもとで成立したことに大きな要因があると考えられるのである。彼らの絵画のリアリティは、日本の影響を脱するという、私たちからみたらきわめて皮肉な事態によって成立したことを忘れてはならないだろう。支配と被支配の関係は、このような飛躍を生み出すことを可能とするのだろうし、だらだらと予定調和的なエートスに依存することに対して、ときには強く反省することが必要だと思うのだが、この反省は本当に難しいと思う。

80年代に入ると、状況は一変する。モノクロームスタイルの現代美術独占状況は、新しく登場してきた若い作家たちの標的にされることになる。時期を同じくして、ポストモダニズムの動きが世界的に顕在化してきたことにもその要因はあるのだろうが、モノクローム絵画の形式主義的なあり方に対抗して、現実批判及び社会参与の内容をリアリズム様式で描く作家たちが現れはじめるのである。これが「民衆美術」である。軍部独裁体制が強化されていく70年代に起こった、反独裁・民主化闘争の流れの中で、美術界も大きな転換期を迎えるのである。

しかし、この「民衆美術」に関しても、すさまじくリアルな社会的動機に支えられていることが、日本のポストモダニズムと決定的に異なる点である。「スキゾキッズの逃走」と「民衆美術」は、何と遠く離れていることであろうか。もっとも近い親戚のような国が、日本海を隔てて全く正反対ともいえる場所を見ているのである。日本のバブル期の浮かれかたに対して、その後の不況をただその反動として嘆いているのではなく、何か根本的な反省が必要な気がする。状況が全く違うと言うだけではすまないものがある。事実、日本で「民衆美術」のことが紹介されるのは、ごく最近のできごとである。紹介するには場違いな感じがあったのではないだろうか。しかし、韓国の美術から感じられる切実さがすっぽりと欠けている日本の社会は、逆にどこかがおかしいような気持ちがしないでもない。外から見た日本は、いったいどのように見えるのだろうか。新潟県立万代島美術館学芸員の高晟竣氏は、「韓国現代美術の歴史と現状」と題する講演の中で、社会を映す鏡として民衆美術の紹介と解説がなされた。氏は、今後、民衆美術の展覧会も企画しているとのことであったが、今思えばその講演の最中は、筆者だけでなくおそらく参加者のほとんどが民衆美術に対して、ある距離を置いた反応であったような気がしている。民族的なアイデンティティとの関係で言えば、モノクローム絵画との連続性は想像できるのだが、私たち日本にいるものにとって、あまりに距離のある表現と感じたのである。しかし、我が国の美術教育の脆弱さや、私的な領域に埋没しがちなポストモダンな日常を顧みるにつけ、民衆美術の抵抗詩は、改めてじっくりと対峙してみたい表現と思われる。

再び、金恵信の論文から引用してみたい。

そして、民衆美術も、やはり自らが近代化の主体であり得なかった美術の近代と、その歴史を引きずっている自分たちの時代の美術に対する問い直しの美術だった。…
…被支配、同族相残、独裁化の歴史を生きてきながらも、抵抗美術と言えるものを描かなかったことに対する反省とうしろめたさが読み取れるのではないだろうか。

そして、同論文の最後では、「…民衆美術とは、歪んだ近代と現代をかけ足で走り続けなければならなかった韓国の美術を訪れた、遅れてきたもう一つの近代化だったのではないだろうか。」と結んでいる。

このような切実な問いかけを聞くことは、現在の日本ではまずあり得ないことと思われる。しかしながら、非正社員が急増し、結婚さえできない若者が増えてきた我が国にあって、密かに絶望的なルサンチマンが広がっている可能性はあり得るかも知れないのだが。

3 おわりに

日本と韓国は世界のなかでも特殊な国といえる。子どもたちはどちらも幼少時からの塾通いや厳しい受験競争にさらされ、少子化に悩み、自殺者の多さでも突出している。現在どちらの国でも、教育改革に頭を悩ませ、さらにはさまざまな政治問題の渦のなかで必死にもがいている状況と言える。しかし、本報告にも顕著にあらわれているように、人々の置かれてきた状況は、まさに正反対のようなところがある。美術の近代を見ると、よくぞここまで違うものだと、改めて驚きを禁じ得ない。

お互いがこれだけ近づいた歴史を持ちながらも、一方ではこれだけ異なる遠い関係にあるというのも、今回の科研を介して認識できたことでもある。

日本の側から見れば、美術、とくに美術教育は、その根拠の強さと必然性に関して、今では圧倒的に韓国に遅れをとっていると言わざるを得ない。韓国の現代美術を参照するたびに、日本の美術状況のひ弱さに思いいたる。平和が続き、成熟したポストモダン社会では、表現に対するモチベーションが弱くなるのもしかたのないことかもしれない。

ただ、やはりどうしても気になるのは、見知らぬ「他者」への想像力である。美術を通して、このような「他者」をあくまで平和の中で語り、鑑賞することが、これからの美術教育に求められているのではないだろうか。

最後に、このような時期に、韓国の近代・現代美術をはじめとして東アジアを調査する貴重な機会を得たことは、非常に新鮮で、刺激に満ちた体験であったことを申し述べ、関係された方々に厚くお礼を申し上げたい。

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