「民衆は美を理解しない」→「それゆえに民衆は健康な工芸を生み出す」→「しかし民衆は美を理 解しない」→「それゆえに民衆は...」この繰り返しです。 ここには「素朴な民衆」という民俗学者も陥いりがちな知識人の危険な幻想があります。しかし一体「素朴」とは何なのでしょうか。美を解するには学が必要であり、学によって美を解しうるという思いこそが、まさに素朴な勘違いなのではないでしょうか。この教養主義的な「美」の理解は、実作者よりも優れた眼力を自認する美術評論家たちにも当てはまる素朴な勘違いですね。(評論家だけで審査員を構成する公募展等がそれです。)
さて、こうして民芸の世界から、民衆の側のもつ意匠ブームの変遷や懐古趣味を見い出しながらその美意識にコミュニケートすることを自ら閉ざしてしまう柳の教養主義的先入観によって、日本民芸 運動はこれを土台とした理論をいくら積みあげてみてもしょせんは彼の個人的な趣味のカテゴリーを 超えることはできませんでした。
たとえば、七十年代に倉敷民芸館の外村館長が沖縄・竹富島を訪ねたときのことです。彼は一人の老婆が「地機織り」でミンサー布を織っているのを見て、これぞ伝統民芸とばかりに大量注文をしました。そこで現地ではこれを地場産業とすべく一年後にはミンサー組合が組織され、「高機織り」でこの布を大量生産して伝統物産品として売り始め、それは現在に至っています。ところが実はこの布ですが、かの老婆の姉が日本の台湾統治時代に現地の少数民族から意匠・形態を学んでもち帰った技術だったのです。(もちろんこのことは学者に対して秘密にされ、かの老婆は英雄のごとくに現地の展示館にその巨大な肖像写真が掲げられています。)このエピソードからも、民芸運動が一種のレトロパースペクティヴ(懐古趣味)を抱いて民芸を発見しながら、現地の人びとが抱いているレトロパースペクティヴを解さなかったがゆえに、逆に学者が騙されたという構図がおわかりいただけるかと思います。つまりここで「素朴」な勘違いをしているのが誰かはもう言うまでもありませんね。これは民衆なきユートピアが仮想されることの素朴さと言いますか、そうした先入観でモノを発見することが、ごく私的で閉鎖的なフェティシズムの域を出ない、「他者」なきヴィジョンにとどまるものであることを物語っているものです。
こうして、開かれたオーグメンテッド・リアリティに民芸運動が至らなかった理由は、柳に対する批判的継承をおこなえるだけの人物がいなかったという点にも求められると思います。大いなる可能性を秘めた柳の着眼点は柳自身によってその可能性を封印されてしまったというのが日本民芸運動の実状なのです。そういった意味で私は彼を典型的な「カリスマ的オタク」と認定せざるをえないのです。
さて、このオタク的世界と次回紹介します《私美術》は一見すると類型的なものと思われるかもしれません。あるいは形式はモダニズムやポストモダンに似たものとして現れるかもしれません。しかし《私美術》には個々人の内的なプリミティヴィズム(本源的自律性)を認めることはできますが、それはアンチモダンでもプレモダンでもポストモダンでもなく、もとよりそのようなコミューン指向をもつものではないのです。
そこで今度は私から見た《私美術〉の特色といったものを便宜的に整理して述べてみたいと思います。簡単に三つの特色を申しあげますと、まずオタクとは異なり「メジャー」に対する反発も信仰もないという点が挙げられます。風土を無視するモダンな進歩主義・普遍主義・合理主義は必然的にキッチュを生じさせ、ポストモダンはそのキッチュを評価する傾向にありましたが、《私美術〉は〈リアリティ〉を評価します。つまりアンチ思考(批判的知性)やイデオローグな進歩(歴史)主義 からの脱却によって、あらゆる時空間が同等の権利をもつ超歴史的な世界観が生きられているという意味においてのヘ〈リアリティ〉です。
二つ目は、文化の象徴としての美術そのもののマイナー性に対して冷めた視点をもっていながら、同時に美術学校等の美術制度が作り出す「温室的空間」のキッチュ性に対しても疑問を抱くほどの興味を失っているという点です。学芸員もまた大学という温室で作られますが、現状の制度では中世・近代までの研究でなければ修士号を取得できないという温室環境からいきなり「現代美術」に出会うことになるため、新たな「教養」を職場で身につけなければならないという自信喪失によって美術評 論家のロジックや評価を真似てしまうことになるのです。美大生も同様に実際はサブカルチャーであ るところの「現代美術」をカルチャーに見せかけるマスメディアから情報を得ようとすることが多い訳ですが、身近な知人、友人や自らのマスコミの取りあげ方を実際に具体的に見ていくことによって情報に対して冷めた視線をもちはじめるとともに「美術」観念に対してもその温室性に対しても同様に不感症になっていくのです。それは事象・現象を絶対化していくのとは逆な「私」とそれらとの「関係そのもののリアリティ」に対する唯一の愛を生じさせます。
これは自己近似的な解釈であると同時に解釈を超えた感情でもあり、こうした知と未知、その初期症状としての冷めた捉え方と不感症との共存関係が生じます。すなわち、このヘアンビバレンス〉の 受容性が二つ目の特色と言えるかもしれません。つまり、美術制度が作り出すアートの虚構性を感じながら、個人的な別のリアリティによって自らがアーティストであることには何ら疑問を抱いていないわけです。
三つ目は、この流れに関係深いものですが、コミュニティ的思考から脱却することにより非常に不安定であいまいな自己の生成と消滅を体験することで、「私史」を再構築する作業が求められます。ただし、この再構築された記憶もあるときはイデーによりあるときは変化するリアリティによって造形されるものであり、自己の存在証明というよりも自己の明滅運動(祝りと葬り)を更に明確に自覚させるものとなります。そして、このときに彼らによって唯一社会的側面を呈するものと捕らえられるのが記憶の現在的リアリティなのであり、にもかかわらず、その「私的」な社会性は他人と共有しうるものではないことも冷静に捕らえているのです。
すなわち、彼らは仮想的なコミュニケーションから遠ざかることで自らのリアルな衝動と出会っているというわけです。これはディスコミュニケーションとして本来なら閉鎖的な世界と捕らえがちなものですが、実は異質なコミュニケーションを成り立たせる効果が生じるものです。たとえば、A氏とB氏が表面的にはコミュニケーションを断たれているとしても、A氏が彼自身のものである世界(下意識やアルケーの場所)に何らかの切り込みや交通をおこなった場合、そこから表出されるモノによって、B氏の或る内的位相に何らかの働きかけや交通が実現されるという効果が起きるものです。つまり〈アーキタイプ>のような極私空間の果てから湧きあがってくる普遍性とでも呼ぶべきものが 認められるわけです。そこで、私は三つ目の特色を仮にここでは〈アーキタイプ〉と呼んでおくこと にします。総じて、これらの体験的=官能的=侵入的な「アルケーの」コミュニケーションとでも表 現できるような特色が《私美術》のアルスと言ってもよいかと思われます。
もちろん、こうした特色は《私美術》に限られるものではありませんが、私自身は、安易な根拠によって保証されないこの「リアリティ」「アンビバレンス」「アーキタイプ」という三つの心理要素を引き受け続けることで成立する不確定的かつ超確定的な私性というものから何かいまだ見たことのな いものの胎動を感じ取っているのです。
今まで私が述べて参りましたシャーマニックな世界におけるアルスのように民俗伝統の内に実現さ れていたものも確かにこれと似ています。しかしそれらのアルス(野性の論理)は、オーグメンテッド・リアリティへの人間の内的衝動と切り離し難く、あらゆる分野で様々な型態に変化しながら機能し続けているものでありまして、これまでの例は、来るべきリアリティと仮定されるものが既にあらゆる文化状況の内に胎動し続けていることを示唆するものと捕らえることもできるものなのです。実を言いますと私が各地のシャーマンとの直接・間接的出会いに必然性を感じるほどの共感を覚えましたのも決してレトロパースペクティヴによるものではなく私自身の現在性(リアリティ)においてであり、それは私自身との出会いでありました。この点はイメージ的な誤解を招きやすいものです。しかし私の日記にはそれが「エキゾチックでもノスタルジックでもない不思議な体験」として、時空 間の枠を超脱した出会いであることが告白されています。
ともあれ彼らのイニシエーション過程に、不安定な状態に身を委ねるという条件によってそれ以前 に自らを保証していた「自我」からはみ出させることや、実際は根拠の求められない確信としての絶対的「信」を介して、更に世界の重相性やそこに移入するテクネーを体験的観念的ではない)リアリティにおいて会得させるという構造は共通して認められるものです。しかしその秘儀的な世界は、一見閉鎖的世界と誤解されやすいものでもあるということも事実です。これに対して私はそれ以前に「不安定は精神的自然体」と捕らえつづけ「根拠を必要とする懐疑よりも根拠のない確信」の方に移行していったことで心身、主客の総合状態から立ち現れるいまだ名づけえぬものを目撃することに至ったという経験を準備していたことで、私にとってのそれが「エキゾチックでもノスタルジックで もない」出会いになる大きな要因となっていたのだと感じています。
つまり私はアートの構造を通してアート(アルス)そのものを生み出した心性(構造)と何ら違和感なく接することができたのだと思われるのです。そしてその構造は先ほど述べましたように《私美術》的な作家たちにおいても図らずも認められるものなのです。あるいは少なくともそれらの条件を 何らかの形で個別に実現していると言うことのできるものなのです。
では次回はこうした実作者たちを具体的に紹介しながら、その現状と可能性、そしてさらには創造の秘密について、意識化できる範囲でお話してみたいと思っています。それまでに、皆さんが私の述べました「リアリティ」と「アンビバレンス」と「アーキタイプ」という三つの特色をもった私性のありかについて個々に想いをめぐらせていただきたいわけです。そうすることによって次回の講義に関与してもらいたいのです。
私は、一般化した知識で教えるという立場にはありません。私の気まぐれで不親切な講義は、皆さんが個々に何らかの答えを自ら引き出すための一つのヒントにすぎないのですからね。