《美術教育》290號,2007

大嶋彰

1 問題の所在

この報告は、科学研究費補助金「東アジアにおける鑑賞教育の現状調査ならびに比較研究」によって行われた海外学術調査の資料や、招聘研究者の講演などをもとに、日本と韓国の近代のあり方の違いをめぐって、筆者自身が改めて驚き、意識化することとなった鑑賞教育のためのひとつの視座を報告するものである。現段階では、具体的にそれぞれの鑑賞教育まで考察できるような研究状態ではないが、韓国や台湾というかつては日本の植民地であった国の、美術を通した近代に触れることによって、筆者にとっても、これまでは意識化されなかったその違いや問題点が、改めて鏡のように浮き出してきたことは確かである。今さらこのようなことを言い始めるのは、筆者の無知をさらけ出すようなことでもあるかもしれないが、このような科研によるプロジェクト研究の機会でもなければ、相手の立場に立ったものの見方はなかなかできるものではないと思われるのである。

植民地として支配された経験もなく、福沢諭吉以来の脱亜論または脱亜入欧(その意図の真偽はともか)は、戦後生まれの多くの人々にとってリアリティのある言葉ではないと思いつつも、第二次世界大戦敗戦によってさえその根幹を換えられることがなかった我が国の最も基底的な人々の心性は、やはり近隣諸国に対しての関心の薄さをつくり出し、真摯に他者として考えてみることを怠ってきたように感じられるのである。漸進的な歩みではあろうがハイデオロギーを超えて隣近所のことをお互い一緒に考えてみることは、今後とも極めて重要な作業であることを、本調査研究を通じて改めて思い知らされることとなった。そして、このことが私たちのこれからの課題、ここでは美術教育の課題に、本当の意味で近づけることになると思われるのである。隣に映っている私たちの姿を見ずして、いったい何が見えるというのだろうか。このようなごく当たり前のことが、往々にして看過されてくるものなのである。他者を見出すことがいかに難しいことであるのか、このことがまず教育の基本に据えられなければ、どのような改革も、振り子のごとく揺れ動くだけであろう。

現在の我が国の状況は、見方によれば成熟したポストモダン社会とも言いうるかもしれないが、高度に発達した情報・消費社会の様相は、膨大なデータベースの表面を横滑りすることに追われ、美術の意味も文脈も、社会との関わりもはぎ取られ、極めて私的な嗜好の世界に後退しているように感じられる。それも仕方がないではないか、という声が筆者自身の内部で聞こえてくるのも事実である。正直なところ、何が正しいのかは分からないが、少なくとも、届いてくるメッセージをどうせ誤配であると放り出すよりは、誤読しても良いから受け止めてみようと思いたいのである。私的な思いに埋没するのでは、基本的に教育が成り立たないからである。他者を探すことの難しさと楽しさこそが、教育を成立させるのである。

しかし、現在の教育改革の困難さは、私的な思いに埋没することを、経済的に推し進めなければならないがゆえの困難さである。他者を探すことでは、情報消費社会で私的な欲望のネットワークを増殖させることはできない。この矛盾のなかでは、原因を曖昧にせざるを得ないのであり、私的な思いに拡散する子どもたちを無理にでもつなぎ止める「方法」や「掟」が優先することになる。また、当然のことながら、私的なことがアヴァンギャルドでありカウンターカルチュアーであった時代はとうに過ぎ去ってしまった。そのような時代は、教育という制度がまだ基本的に信用されていた頃の話である。加えて、我が国の近代主義に対する鏡の欠如が、問題をいっそう複雑にしている。明治以来、「美術」の移植に終始し、近代を突っ走ってきた我が国の姿を明確に映し出す鏡は、私たち自身の社会ではなかなか見出すことができない。ここでいう鏡とは、他者から見た鏡のことなのだが、ナルシスを映し出す鏡はそれこそ山のように存在する。移植された「美術」は言ってみればファッションである。そのような意味で我が国の美術制度は、かって匠秀夫が述べたように、さまざまなエコールを支える内面的な必然性を持たない断片的で総花的移植であり、様式の背後における無思想性を特色とせざるを得ないのである。今日のポストモダンな状況に限らず、我が国の美術教育が論理と文脈を持てない状態を続けているのは、このような近代主義と社会の関係の脆弱さに起因する談合的、情緒的なあり方のためである。この問題はほとんど致命的な問題であるが、これも、他者を通した鏡の存在によってしか解決の道はないと思われる。しかし、気が遠くなるような長い道のりに感じられる解決法ではある。(経済を優先することの方がはるかに利口というべきか。)

ただ、鷲田清一の言うように、ファッション=衣服が自我の最初の皮膚だとすれば、そのような意味ではすべてがファッションであるとも言える。このように第一の皮膚としてファッションを見た場合、ファッションは現象学的な考察の対象となる。我が国のアヴァンギャルドを代表する「具体」が、一方で『きりん』のような子どもの美術教育に関わる雑誌を発行し続けたことは、極めて重要なことと思われる。断片的で社会とのつながりを欠いた「美術」は、現象学的な〈内なる子ども>にその根拠を求めたのである。また同様に、「造形遊び」にみられる現象学的な〈子ども〉への眼差しは、美術の「無思想性」に対して、美術教育の理論的根拠を創り出したものと考えれば納得がいく。我が国の「美術」では教科が成立しないのである。ときには「お子様教」と批判されたりもする「造形遊び」は、そもそも我が国の「美術」が成立していないことへの痛烈な批判の上に成り立っているからであり、そのような意味で、子どもの現実に即した貴重な実践の広がりと理論的成果がみられるのである。「美術」の側から「造形遊び」が疎んじられるのは必然的なことと言えよう。

日本を除いて、東アジアのほとんどの国では、小学校に美術の専科教員が配置されている。これは、これまでの事情から考えれば興味深い現象と言えるだろう。少なくとも、美術は社会と密接に結びつき、国家のアイデンティティとも大いに関係することであるのならば、それ相応の専門性を要求されてしかるべきと思われるからだ。ちなみに近代日本の美術におけるアイデンティティの創出は「日本画」が担っているというべきだろうが、これはあくまで近代主義の陰画としてのそれであり、専門性は複雑に分裂している。

また、台湾の場合などは、音楽、美術、演劇が「芸術と人文」という総合的な科目に統合されている。これも美術が社会や文化の文脈に関わる学習として成立していなければ、あり得ない話である。日本では大学でも、一緒に関連づけて行うことは難しいのではないだろうか。それだけ断片化、領域化されることによって、はじめて保護され成立しているのが実状ではないだろうか。

まだ結論づけることは尚早に過ぎるのだが、少なくとも東アジアの国々の美術教育の動向をみるかぎりでは、日本の美術教育はかなり危険な状況にあると言っても過言ではないように感じられる。もちろん正しい美術教育のあり方など存在しないのだが、見方によっては、日本の美術教育の弱体化はかなりはっきりしていると思われるのである。

以上、筆者なりに現在の美術状況をめぐる問題点を上げてみたが、このような問題点を念頭に置いた形で、韓国における美術の近代についてハ調査資料や講演資料から読み取れることを雑ぱくな形ではあるが報告してみたい。

 

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