栖來光

5月21日は2万人、そして昨日24日には10万人が集まった台湾台北市立法院(国会にあたる)を中心としたデモ。
頼清德総統が就任して翌日から起こったこのデモは、現在の台湾において最も注目されている事柄であり、立法院前の「青島東路」を中心に開催されているため、「青鳥行動」と名付けられました。合言葉は「沒有討論,不是民主(議論無ければ民主ではない)」です。
どうして、多くの台湾人がこんなにも熱く怒っているのか?
今回の問題点は何なのか?
どんな危機感を持って人々は動いているのか?
日本でも報道は始まっていると思いますが、内容が複雑でなかなか伝わりにくいと思うので、少し解説を試みたいと思います。
大きなデモというと、一般的には与党に対しての不満や要求を表すためというイメージがありますが、今回の台湾の大規模デモ行動は違います。というのも、デモの対象が現在の「ねじれ国会」を構成している中国国民党+民衆党という「野党」だから。
今年1月の総統選で与党・民進党は辛くも政権与党を保持したものの、立法院議員(国会議員)選挙では、国民党が52席、民進党が51席で与党は過半数割れ、さらに第三勢力である「民衆党」が8議席を獲得しました。
最大議席を獲得した国民党から、以前、高雄市長をリコールされたこともある韓国瑜(かん・こくゆ)が立法院長(議長)に選ばれ、民衆党の動き次第で、頼総統率いるこの4年は「ねじれ」のために、民進党にとってはやりたいこともまともに出来ない非常に苦しい状態になるだろうことは予想されていましたが、予想通り、というか、皆の予想の斜め上をいくひどい形でそれはやってきました。
特に多くの人々が憤慨しているのが、ちょうど10年前の2014年に「ひまわり学生運動」でリーダー的な立場だった黄國昌が、今回は民衆党に加わり国民党と一緒になってこのひどい事態を招いていることです。
今回、与野党対立の焦点となっている立法院改革の関連法案は、国民党が主導し、立法院の権限強化が狙いです。そこで、17日に韓立法院長が同法案について議論をするでもなく、いきなり強行採決に踏み切ろうとしました。
立法院の権限強化のポイントは主に
・従来の制度上、想定されてこなかった総統の立法院について「定期的に立法院に出向いて答弁しなければならない」と規定
・政府機関の人事に関しても立法院の同意手続きを厳格化
・刑法に「議会侮辱罪」を新設し、閣僚や民間人などが立法院での証言を拒否したり、立法院が求める資料を提出しなかったりした場合は懲役や罰金刑を科す
ことが盛り込まれています。特にこの「議会侮辱罪」では、議会において
・質問に答えない
・質問に反論する
・質問を聞き返す
こと全て、証言者として呼んだ人を罪に問うことが出来ます。
これは「侮辱罪」という曖昧な制度であり、香港の国安法と同じく非常に恣意的に運用が可能であり、気に入らない人物を何かしらの理由で国会に呼びつけ、難癖をつけて罰金、最悪なら一年の懲役にかけることができます。
また、台湾は第二次世界大戦後の何十年も、いわばお隣の中国と戦争状態(今は実質的にドンパチはないですが)ですが、その中国が知りたい機密情報も、国会を使って合法的に暴露されることが可能になってしまいます。
そして、17日に立法院で行われたのは、こんな大事な法案を決めるのに、何らの議論も通さず、しかも記名性の投票ですらなく挙手によってでした。そこで怒った民進党の立法委員らが「国会権力の乱用」として採決を力ずくで止めようとし、乱闘に発展した映像はニュースなどで御覧になった方もあるかもしれません。
しかしこの時点では、多くの台湾国民が
「なにが問題なのか」
「どうして乱闘騒ぎになっているのか」
をよく知りませんでした。なぜなら、それに至るまでの議論や報道がまったくなされない、早急な採決だったから。
更には、緑(民進党派)と青(国民党派)の争いにおいて、台湾議会がプロレス中継並みに荒れることは昔から有名です。そして、そんな「伝統芸」のような二大政党の騒ぎに嫌気がさしていた若い世代や無党派層が、白(第三勢力)ともいえる民衆党に投票し、8席を獲得したというのが今回の立法議員選挙でした。そんな、本来なら「第三勢力」と見做されていた民衆党が、完全に国民党と一緒になって、今回の法案を強行採決しようとしました。
民進党もかつて野党時代に、国会権限を強化しようとしたことはありました。しかし今回のような滅茶苦茶な内容と、強行採決ではありませんでした。
もうひとつ問題になっている法案があります。「花東交通三案」といって、
1.台湾東部に高速鉄道(新幹線)を通す
2.花蓮ー台東を結ぶ高速道路を作る
3.台湾西部の南投の「国道6号」を延長し、中央山脈を突っ切って花蓮と結ぶ
という道路建設案です。この3つのうち、3番目は直近の立法案には入っていないものの、現在立法の準備が進められており、専門家の見立てでは予算は合計で「2兆元」(約10兆日本円)を超えると言われる国家的な大事業です。
台湾東部の交通網が他の場所に比べて遅れているため公平な発展を妨げられているという理由で、これらの建設案は1990年代から議論になっています。確かに、災害の多さや地域格差の面からみても、東部と他都市を結ぶ交通が国民的に議論し考えなければならない重要な事柄であることは間違いありません。
しかし、特に地質や生態といった自然環境や、原住民の文化領域という文化環境など様々な面で工事が難しく、また莫大な費用を要するこの建設計画法案が、驚くほど早急に進められようとしています。
特に東部と西部を結ぶ「国道6号延長案」については、国民党で花蓮出身の立法議員・傅崐萁(現・花蓮県知事の夫でもあり、長年、花蓮の地域政治を手中に収め好き勝手しているような様子を揶揄して「花蓮王」との異名をとる)が先導し、53名の立法議員が準備を進めています。
https://ppg.ly.gov.tw/ppg/bills/203110038090000/details
この法案は、行政の専門家からは一兆元(約5兆日本円)にせまる費用が掛かると言われる難事業ですが、期限を「最長10年以内に完成」させるとし、法案をみると政府の資金で足りない部分はBOT事業を募って進めるとあります。そしてそこには、”引進國際「主權財富基金」”、つまり「ソブリン・ウェルス・ファンド(政府が出資し、公的資金を運用する投資ファンド)」と書かれています。
アジアで幅を利かせているこうした政府系ファンドといってすぐに思い出されるのが、アジア大陸での「一帯一路」を進めている中国投資ファンドです。非常に速いスピードで多くのインフラ建設融資が受けられる代わりに、厳しい取り立てで債務危機に陥るリスクの高い中国の「一帯一路」には近年国際的に危機感が広まっています。
また、花蓮選出の傅崐萁は、中国と非常に融和的な「中国派」として知られています。
1月の総統選・立法議員選のあと、国民党は馬英九前総統をはじめ、次々と「中国北京詣で」をしています。
花蓮選出の傅崐萁も、国民党議員団を引き連れて、選挙のあとに一度、そして先月末に一度、北京を訪問しました。そしてその直後に起っているのが今の状況です。
国民党議員には「中国とは関係ない」「中国の指示などではない」という議員もいます。51人のなかに、そういう「何も知らされていない」議員もいるのかもしれません。しかし、上のような傅崐萁の訪問団のことがあって、誰が「中国とは何も関係がない」と信じるでしょうか?
ちなみに、かつて習近平主席の飲み友達であり、北京大学で法律を教え、その後亡命して現在オーストラリアに住んでいる中国人作家・袁紅冰は、「中国は、中国国内の対台湾関係局に対して、以下のような指示を出した。中国は台湾を直接的な武力を使うことなく、台湾を混乱させて統一する作戦を開始する。その舞台は、台湾の立法院であり、その舞台の主人公は、韓国瑜と傅崐萁である」と名指し、そうした統一作戦があるという情報を中国の内部者から手に入れたことを明らかにしました。この記事が出たのは、今回の騒動が起きるずっと前、今年の2月はじめのことです。
袁氏の言っていることの全てに信憑性があるかどうかは別として、今回の騒動の裏には予め「脚本」が用意され、役を割り当てられたキャストたちは、その脚本通りに動いているかもしれないことを、頭に置いておいていいのではないでしょうか。
なにより、どんな形であれ「台湾の内政が混乱する」ことを一番喜ぶのがお隣の大国であることは、いうまでもありません。武力で統一するよりも、台湾が混乱を極めて自爆してくれるのが一番都合がいいのです。
上記のようなことが明らかになるにつれ、台湾の多くの人々が、非常な危機感を募らせているのを、少しはご理解いただけるでしょうか?
これが昨日のデモに参加した10万人(台湾各地で総計すればそれ以上)の人々がこの数日のあいだ、テレビニュースを見て、法案を読み返し、色んな専門家の意見を聞き、仲間と情報交換をして理解したことです。
こうした法案を通すことが、なんの国民理解も議論も得ないまま、早急に、人々をごまかすように、暴力的に進められているのです。
これについて人々は立法院に集まって
「議論がないのは、民主ではない #没有討論不是民主 」
と叫んでいます。
ねじれ国会で野党が有利な以上、こうした議論なき強行採決を許せばこれからはどのような酷い法案も通される可能性があります。
例えば、この8年で蔡英文政権がやってきた多くの改革が白紙に戻される可能性があります。
格差と国民的心情の分裂の原因となっていた「年金改革」や移行期正義の改革、また、同性婚法制化だって白紙に戻される可能性があります。極端にいえば、帰化法が大幅に変更されて、合法的に「民主的な投票」により台湾が台湾としての主体性を失う可能性だってあります。
そうした恐ろしい可能性がここ一週間ほどで明らかになっているのが、台湾の「いまここ」であり、人々は全身で
「台湾の主権は、台湾人民にある」
と叫んでいます。
全国弁護士連盟は、こうした国家運営に関わる重要な法案について「議」を経ない「決」が「違憲である」と声明を出しました(画像参照)。
今回の法案は、今後はこのまま立法院を通過して行政院より差し戻され、再審議されることになるでしょう。再審議され再び通過した場合は、施行されたあと憲法裁判に掛けられることになります。もしくは、それぞれの立法議員へのリコール合戦が始まるでしょう。台湾のひとびとの生活を向上するためでなく、ひたすら心も体力も資金も消耗する日々が、これから始まろうとしています。大変な持久戦になると思います。
どうか日本の皆さん、台湾の「今」に注目してください。
身体を張って「民主」と「立憲」を守ろうとしている台湾の人たちを応援してください。
そして、デモが起こっていますが、今の台湾のデモはどんどんと進化して、とても平和に行われており、観光などに影響することはありません。だから、心配せずに台湾に予定通り遊びに来て下さい。
昨日のデモでは、「ヤクザが投入されて暴力沙汰になる」などの情報もどこからか出ました。でも、それは「デモから人々を遠ざけようとする何者か」が出したフェイクニュースでした。
デモに参加した誰もが「喧嘩したら相手の思うつぼ」というのを知って、自分なりの平和的な方法で自分がそこにいることを知らせています。会社帰りのひと、子供連れ、ペット連れの人もいます。自分で現場に行けないけれども経済的な余裕のある年配層は、弁当や水・合羽などの物資を用意したり、台北のデモに参加したい地方の若者のために交通チケットを用意したりしました。
それぞれの参加者が、大変な危機感を持って参加しながらも、そこには色んなユーモアやアイデアや笑いであふれていました。
特に、10~20代の若い世代が非常に多いのも印象的でした。なかには「私は”騙された小草”(だから今日はここに立っている)」(”小草”は、現状への嫌悪から第三勢力に入れた若い世代を揶揄する前回の選挙で生まれた言葉)と言うプラカードを持っている若者も。
「緑も藍もなんだかな」と言っているうちに、政治のことをちゃんと見ていないと、簡単に台湾の主権なんてなくなるのだ、、、そうした真面目な反省のある人々の顔の清々しさ。
わたしの尊敬するアクティビストのヴィヴィ・リンは、台湾人の性質を「悲観のなかから生まれた楽観」と評しました。
政治研究者の吳叡人さんは
「活在台灣自古以來就是一件拼命的事!」 
(台湾に生きることは昔から、つまり命懸けということだ)
と言っています。
命懸けで、笑ったり笑わせたり。そんな台湾のひとびとと、これからも街に立ちたいと思っています。
次の立法院が開かれるのは、来週28日です。
※一枚目の写真は中央通信社さんからお借りしました
※5月28日午前1時37分ーー
17日の強制採決は「拍手」ではなく「挙手」であるとご指摘いただき、修正しました。ご指摘くださった方、有り難うございました!

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    秋風起 發表在 痞客邦 留言(0) 人氣()