純君のアイデンティティ・クライシス

純君は両親の仕事の都合で、3歳のときにオーストラリアに渡った。9歳までそこで過ごした後、いったん日本に戻ったものの、また12歳で今度はカナダのトロントに住むことになった。英語力に問題もなく、友達も多く、また勉強もよくできた純君のカナダでの生活はきわめて快適なものだった。そんな純君だったが、カナダでの時間が過ぎるにつれ、自分の「日本人」としてのアイデンティティに悩むようになった。「僕は十分な日本人なのだろうか」「他の人は僕のことを日本人だと思うだろうか。それとも、何か半分ずつ入ったような不完全な人だと思うのだろうか」。純君は自問自答を繰り返した。

そんな悩みを吹き飛ばすかのように、純君は日本語学習に取り込んだ。娯楽のために読む本は日本語と決め、極力日本語でものを考えるように励んだ。つまり、純君にとって「日本人であるため」に最も大切なことは日本語能力の維持だったのだ。こんなに努力をして、日本語力の維持に努めた純君にとって最大の屈辱は、日本人の友達の親などから「カナダに7年もいるのに、日本語が上手ね」などと言われることだった。「僕は日本人なのに、どうしてそんなこと言われないといけないんだ。まるで、みんな僕の日本語が下手に違いないって決めてかかっているようで本当に頭にくる」と周囲の無理解に憤りを隠せない純君だった。

そんな純君の高校生活も終わりを迎えた。カナダの大学への進学もできたが、「自分が日本人であるということを確信したい」と強く思った純君は迷わず日本の大学への進学の道を選んだ。しかし、日本に戻った純君を待っていたのは思いもよらない彼自身の「反応」であった。満喫するはずだった「日本」なのに、純君のすべては日本を拒絶した。「湿度が高くて耐えない」「何でも狭くて小さい」「みんなが黒髪で変だ」など、日本と日本人のすべてが嫌に思えた。1週間も経たないうちに彼は、「自分が日本人だと感じられない」と言い出した。この頃、彼は自分の日記にこう記している。「僕の日本人への態度は否定的で、ときに敵意さえ感じるほどだ。カナダにいたときんは日本人であることを誇りに思っていたのに、今度は自分が帰国生であるということを言い訳に、日本人を下に見える。カナダにいたとき、カナダ人は偏狭だと思ったけど、日本人も同じだ。……カナダにいたとき、自分は日本人だと思えなくなっだ。カルチャーショックにかかるなんて、思ってもいなかったけど、日本の慣れるのは本当に大変そうだ。」

そんな逆カルチャーショックに陥った純君にとって大切なことは、「普通の人」ではない「帰国生」としての特別なアイデンティティを維持することとなり、今度は英語力の維持が彼にとっての課題となった。そんな彼は、海外生活を体験していないにもかかわらず、高い英語力のある人に出会っただけで、まるで自分の価値が下がったような気さえしたという。また、大学生活そのもののあり方も彼には大きなカルチャーショックとなった。カナダで育った彼にとっては、大学にそ真剣に知の世界に到達する学びの場であるという期待感があったが、まわりの日本人学生は楽しむために大学に来ているようにしかみえなかった。授業だは後ろの席から埋まっていき、いつも前が空いている。ふと気づくと一所懸命ノートをとっているのは純君1人だったこともあるという。「日本の大学は学生を教育しているふりをしているだけだ」といらいらを隠せない純君だった。

こんな彼にとって唯一の心のよりどころとなったのが同じ境遇の帰国生仲間だった。彼らの中には、帰国生以外の友人も作ってうまくやっている者もいたが、純君は帰国生としか付き合わないようにした。「普通の日本人」との付き合いがないことは少し気にはなったが、あまりにも共通点がなさすぎて付き合う気にならなかったという。「帰国生は、自分たちを純粋な日本人とは思っていないんだ。でも、外国人でもない。つまりどこに自分たちが属してるのかよくわからないんだ」と、自分のアイデンティティについて悩み続ける純君だった。

考察

純君はカナダ、日本とどちらの国にいても自分がそこに確かに所属しているという安心感が得られず苦しんだようだ。この例のように、第一文化の完璧に自分のものとする以前に別の文化に移動すると、個人のなかに2つの文化が並存することになり、「自分が何人なのかわからない」と不安感にさいなまれるということが起こる。また、純君のように日本にいると別の文化と比較して、日本が劣っているような気がするのに、別の文化に行くと今度は日本と比較してその文化の問題点ばかりが目に付いて落ち着けない、つまり、どちらの文化にも完璧に溶け込むことができず、どっちつかずな状態となることもよくあることだ。

現在、グローバル化が進み、全世界で純君のような問題を抱える子どもたちが生まれているが、このような状態を「どっちつかず」と否定的に捉えるのではなく、日本でも、カナダもない、つまり既存のどこかに所属するのではなく、新しい「第三の文化」をもつ、または作り出す「サード・カルチャー・キッズ」(TCK)として捉えようという動きがある。つまり、彼は自分の所属する文化を「異文化」のように客観的にみるという、異文化コミュニケーションにおいて最も基礎的かつ求められる能力を備えており、それゆえ、文化の壁をやすやすと越えることができる可能性をもっているといえよう。TCKであった人々の多くがどっちつかずの状態で苦しんだ後に、「自分は地球人」であるという、国を超越したアイデンティティの存在に気づき、安心感を得ているといわれている。つまり、国というのは人間が恣意的に作った区別であり、宇宙からみた地球には国境も何もない。そのシンプルなことに気づけは、意味のない線引きによって苦しめられるのはきわめてナンセンスでばかげた行為ということになろう。純君も文化の移動に伴ってさまざまな経験をし、日本でずっと暮らしてきた人々にはけっして味わえない独特の苦労もしたようだが、その苦労によって獲得することができた複眼的視点を誇りとして自分なりのアイデンティティのあり方を探ることができれば、新しい視点が開けてくるのではないだろうか。

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