(18)錦。「一切経音義」「續一切経音義」には見えない。しかしこれは唐代、高級絹織物としては盛んに生産されたものである。「倭名類聚抄」は「釈名」の説を引用しているが、或は「倭名類聚抄」が他の部分でしばしば引用する唐代の音韻書にも見えなかったものかとも推測される。ただ「急就篇」の顔師古註は「錦、織綵為文也」としているところからすると、唐代もそれ以前と同様、綵つまり五色の糸で紋様を織り出した絹織物を指したと言ってよい。これにいくつかの種類があったことは唐代にも見られるところである。「新唐書」地理志土貢として見える錦は次の通りである。
蕃客袍錦 被錦 半臂錦
蕃客袍錦とは外國人向けの袍に用いられる錦、被錦は寝衣用の錦、半臂錦はちょっきの錦ということであると思われる。とすると、これらは主として用途による錦の分類である。他の文献に紋様などによる錦の種類がいくつかつたえられている。朱啓鈐「絲繡筆記」巻下は「杜陽雑編」〔巻中〕の神錦、浮光錦、〔巻下〕の魚油錦、明霞錦をあげているが、神錦は大軫國、浮光錦は南昌國(朱氏は誤まって高昌國としている)、魚油錦は女王國、明霞錦は女蛮國それぞれからの貢物となっている。また「楽府雑録」康老子の條の氷蚕錦もあげているが、これは神錦と同じく氷蚕絲というものでつくることになっており、果して中國で産したというものかどうか明らかでない。中國産が明らかな錦に次のようなものがある。
大張錦(「冊府元亀」巻五〇四邦計部帛、「唐大詔令集」巻一〇九)
独軟錦/瑞錦(右に同じ、ただし「唐大詔令集」は独軟錦、瑞錦を軟瑞錦とす)
透背錦(右に同じ)
竭鑿錦(右に同じ)
六破錦(右に同じ)
小文子錦(右に同じ)
大繝錦(「唐大詔令集」巻一〇九)
なお「冊府元亀」「唐代詔令集」とも次の紋様の錦をあげているが、名称が紋様にしたがっていたかどうかは明らかでない。
盤龍 対鳳 麒麟 獅子 天馬 辟邪 孔雀 鶴(「唐大詔令集」は仙鶴)芝草萬字 雙勝
紋様は動物・植物・文字などで比較的明らかであるが、前の大張錦から大繝錦までは分り難い。おそらくこれらも紋様によって名づけられたのではないかと推測される。
(19)繡。これは絹織物の種類というより絹織物に手を加えたものであろうが、最後にあげておく。「一切経音義」巻六六では「修宥反、考工記云、畫縮之事、五色備謂之繡也、説文云、五色備也、従糸、粛声也」とされる。「倭名類聚抄」は「蔣魴切韻云、繡、以五色絲刺万物形状也」としている。「説文」以来、「蔣魴切韻」に至るまで、五色の糸で刺し、紋様をつくることとされているのである。
次に唐代の染色にうつろう。前に見た通り「大唐六典」によれば、「練染之作」として青・絳・黄・白・皂・紫の六つがあげられている。そして「大唐六典」は次のようにも言っている。
凡染、大抵以草木而成、有以花葉、有以莖實、有以根皮、出有方土、採以時月、皆率其属而脩其職焉、
つまり織染署が用いる六つの色はすべて草木染だというのである。ただし民間のもふくめると染色の数はかなり多数にのぼる。「一切経音義」を中心にそれを見てみよう。
(1)紫。卷七では「玆此反、説文帛青赤色也、従糸、此声」とされている。
(2)縹。巻二では「漂眇反、説文云、帛青白色也、従糸、票声也」とされ、巻五では「疋暁反、説文云、縹者帛青黄色也、唐韻亦云、縹、青黄色也」とされている。巻二と巻七とでは「説文」を引きながら説が異なる。現存「説文」では「帛白青色也」となっており、巻二と同じである。上巻でものべたように宋代の「廣韻」では「縹、青黄色也」と「唐韻」と同じ説明を與えている。縹を青黄色とするのは唐代にさかのぼれるが、青白色とする説に比べると後起のように思われる。
(3)紅。巻三では「胡公反、説文帛赤白色也」とされ、「説文」の説にしたがっている。
(4)紺。巻四では「甘暗反、......説文云、帛染青而揚赤色、或作絟𦇝、音與上同、此皆馬鄭所用古字也」とされ、「説文」の説にしたがっている。ただし現存「説文」は青が深青となっている。
(5)緑。巻五では「力足反、説文云、帛青色、或作碌、石碌也、又作緜、古字也」とされ、巻六では「力斸反、説文云、帛青黄色也、古文作緜、従糸、彔声」とされ、巻八一では「陵燭反、春初衆草緑色可愛」とされている。巻五と巻六とは「説文」を引いているが、一方は青色、他方は青黄色となっている。現存本「説文」は後者と同じである。
(6)緇。巻一〇では「滓師反、毛詩傳日、緇、黒色也、従糸、甾声也」とされている。緇を黒色とするのは「説文」も同じである。
(7)組。巻一一では「息陽反、字書、縑、緗也」とされ、色でなく、絹織物の一種に取扱われている。ところが巻八三では「想良反、考聲、細、浅黄色也、亦緝、釈名、細、物生之色也、文字典説云、従糸、相聲」とされ、巻九二では「想羊反、釈名云、緗、素色繒也、古今正字、従糸、相聲也」とされ、巻九八では「西羊反、釈名、網、素也、素、物生之色、考聲、浅黄色也」とされている。巻八三から九八まで「釈名」を引いているが、巻八三は「物生之色也」、巻九二は「素色繒也」、巻九八は「素也」としている。現存本「釈名」は「桑也、桑葉初生之色也」とある。巻九二九八の素は桑の字の誤まりでないかと思われる。ただし色については巻八三・九八とも浅黄色としている点は同一である。
(8)絞。巻三では「交効反、考聲云、絞謂繒黒黄褐色也、 説文、従糸、交聲」とされる。絞を絹織物の黒黄間の色としているが、彼のこうした用法は唐代以前はあまり見られないことである。
(9)緋。巻四〇では「匪微反、字書云、緋絳也」とされている。絳色と同じように取扱われたようである。
(10)緋。卷八五では「音晉、説文、帛作赤白色曰縉」とされている。現存本「説文」では赤白色が赤色となっている。
(11)絳。巻八三では「江巻反、考聲、絳、赤也、説文、絳亦赤也、従糸、夅聲」とされている。現存本「説文」では赤が大赤となっている。
(12)青。巻一では「戚盈反、俗字也、説文、正体従生、従丹、作𤯝、経文作青、隷書略也」、巻四では「戚盈反、......字、説文、従生、従丹、今隷書訛略」、巻四三では𤯝とあり、「戚経反、東方色也、爾雅、春青陽也、字従丹、従生、木生丹、丹青之信必然者也、経文作精、旦見反、精今非体」、巻九四では青とあり、「正青字、説文云、𤯝、東方色也、木生火、故従丹」とされている。
(13)赤巻五二では「説文云、南方色也、従大、従火、古文作烾」とされている。
以上、「一切経音義」「續一切経音義」に見える絹織物の色をあげてみた。大半は「説文」と同じであるが、中には若干「説文」を引いて「説文」と少し異なった説明をしているのもある。また「説文」に比べると、色の数がきわめて少ない。「一切経」にたまたま見えるものをあげたということで、唐代、絹織物に使用された色はさらに多かったことは疑ない。「大唐六典」織染署の條でも他に白・黄・皂などがあげられている。なお「大唐六典」では「織紅之作」のところに九として網があげられている。これは「箋注倭名類聚抄」巻三布帛部第九錦綺類第四一錦の條で次のように言われている。
按暈繝本彩色之名、故續日本紀云、染作暈繝色、而其色各種相間、皆横終幅、假令白次之以紅、次之以赤、次之以紅、次之以白、次之以縹、次之以青、次之縹、次之以白之類、漸次濃淡、如日月暈氣雜色相間之状、故謂之暈間、以後名錦、俗从糸、......集韻云、繝古晏切、錦文也、然其字説文玉篇廣韻不載、故云所出未詳也、
「大唐六典」の繝が暈繝であるとすると、これは本来「織絍之作」に入るべきものでなく、染色の方法と見なすべきものであろう。ただこうした染色の紋様が錦に用いられ、他の錦と区別して暈繝の錦として「織絍之作」に入れられたものであろう。ただし原田淑人氏は綴織と考えている。
なお染色についてもう一つふれておかねければならないのは纈である。「一切経音義」によると、「賢結反、文字集略、縛繒染之、解為文、考声亦謂繫絹而染之為文也、古今正字、従糸、頡声」(巻一九)、「賢結反、謂以絲縛繒染之、解絲成文日纈也」(巻四七)、「賢結反、案纈以絲縛繒染之、解絲成文日纈、今謂西國有淡澁汁、點之成纈如此、方蠟點纈也」(巻五〇)とされている。巻一九四七および巻五〇の前半は絹織物を絲でしばり、染色を行い、絲をとき、紋様をつくる方法つまり纐纈(絞り染)のことである。また巻五〇後半は中国でなく、西國のこととしているが、何か淡澁汁で紋様をつくったようである。この手法を蠟點纈と呼んだというが、これは中國の蠟(﨟)纈のことで、後世の形糊の法である。以上の他、夾纈いわゆる板締の法も唐代の文献に見える。「唐語林」巻四(「演繁露」巻一一ほぼ同じ)に次のように見える。
玄宗時、柳婕妤妹適趙氏、性巧慧、使工鏤板為雑花、象之而為夾纈、婕妤因生日、献王皇后、上見而賞之、因勅宮中、依様製之、当時甚秘、後漸出偏於天下、
これによると、夾纈は唐玄宗時代に始まり、次第にひろまったとされている。