5. 共通した作風を見せるタミル地方出土の石彫仏像(2)
以上、11、12世紀の制作と推察される一群の石彫仏像についてを紹介した。一方、インド深南部には異なる作風をもった複数の仏像を見い出すことができ、それらの中には同地方において仏教信仰がいつまで 続いたかを伝える重要な作例が含まれている。さて現在、同地方における仏教関連の出土品の中、最も時代が下る作例の一つとされるのがチェンナイ州立博物館に展示される金属製の仏立像である。像高67cm、台座と光背を含めると高さ105.5cmを誇る同像は、かつてタンジャーヴールの町で礼拝されていたもので、ラーマチャンドランは以下のように解説しているまず同像は長方形と円形の蓮華座を組み合わせた台座に立ち、本尊はキールティムカを頂上にもつ光背で囲まれている。同像の右手は施無畏印、左手は与願印を結び、いずれの掌にも花文様が見える。また仏陀は布端を畳んだ大衣を纏う。同像において顔は卵型、鼻はワシの嘴のように曲がり、先端が尖る。同像の眉間には白毫が確認できる。頭部は6列の螺髪で覆われるが、それぞれの螺髪は実際の巻き毛を表現したというよりは装飾的に描かれている。また、5つの火の舌からなる炎の表現が頭頂部にのる。一方、作風についてラーマチャンドランは、同像が入念なモデリングで制作されてはいるが、顔には表情が欠け、制作年代については16世紀後半とみなしている。なお、同仏立像に関してデヘー ジアは平板状に表わされた螺髪、巨大なサイズの炎の突出部など、同像の極度に様式化された表現に注目、制作年代については16世紀と推定している。
さて、材質の違いはあるが、同仏立像と非常に近い作風をもつ石彫仏像がタミル・ナードゥ州には複数、見られる。カーンチープラムから南に13キロ離れたアールッパーッカム(Arppakkam)村には現在、ヴィシュヌ派のアーディケーサヴァ・ペルマール(Adikesava Perumal)寺院がたち、その境内で石彫の仏立像が一体、保管されている。馬蹄形の石板に仏陀の姿が高浮彫りされたもので、その偏袒右肩の大衣はくるぶし近くまで垂れ、膝下には大衣の下端が描かれる。また、大衣の端は一部が畳まれ左肩から下がり、余り布は左腕にかかる。頭部は下部両端に丸みがあるアーチ状の頭光を抱いている。頭光の内周縁には蓮華の花弁が並べられ、石板の最上部には正面向きのキールティムカが表わされる。同仏立像は顔面の磨滅が激しく、細部の確認は難しいが、弧を描く弓状の眉を見ることができる。開眼したアーモンド型の目はひときわ大きい。また、チェンナイ州立博物館の金属製仏立像同様、耳朶の下端は肩の上まで届いていない。頭部は螺髪で覆われるが、水平に並んだ螺髪は様式化された表現をもつ。なお、上に紹介したチョーラ朝後期の仏像において、頭頂部と炎の境目には1列分の螺髪が隆起、炎の台座のような形を成していたが、16世紀と推定されるチェンナイ州立博物館所蔵の仏立像、また同寺院の仏立像では炎が直接、頭頂部に接している。同寺院の石彫仏立像とチェンナイ博物館の金属製仏立像で特に近い表現は体躯の描き方である。いずれの像においても大衣の薄い衣が体に纏わりつき、衣を透かして量塊的な肉 体が表わされている。発達した胸部の筋肉は盛り上がりをみせ、腹部は前面に隆起しつつ、弧線で下腹部の窪みが明瞭に示される。また大腿部の付け根に溝を刻んで鼠蹊部が表わされ、張りのある逞しい太腿が描写されている。以上のような身体表現は極めて肉感的かつ写実的で、様式化された顔貌とは対照的な表現である。チェンナイ博物館所蔵の金属製仏立像、アールッパーッカムの石彫仏立像においては、このような相反する表現様式が1つの身体の上に共存し、一見、奇矯な印象を与えている。同時に、これらの仏像におけるモデリングは力強く、彫像としての充実感、強い存在感をもつことも否定はできない。その意味で、いずれの仏像も独自の美意識に則った完成度の高い作例と見ることができるだろう。
チェンナイ州立博物館所蔵の金属製仏立像、そしてアールッパーッカムの石彫仏立像に共通する作風は別の作例にも見ることができる。カーンチープラムより北西に16キロ離れたヴェールール(Velur)県パッルール(Pallur)ではブッダ・メードゥ(Buddha medu, タミル語で「仏陀の塚」という意味)と呼ばれる場所から3体の仏像が発見、 現在、同地に建てられた祠の中に安置され、村人からの礼拝を受けている。3体の仏坐像のうち1体は頭光や背障を持たない丸彫りの石彫仏坐像で触地印を結ぶ。他の2体についてはアーチ状の頭光を伴う仏坐像で、いずれも禅定印を結んでいる。これら3体における頭頂部の炎の突出部、偏袒右肩の着衣法、左脚に右脚を重ねる座法などは一般的なインド深南部の作例と変わるところはない。ここで問題となる仏像は祠の中央に鎮座する石彫保存状態がよく、細部までその表現を確認することが可能である。上向きの花弁と反花を合わせ、その上下に方形の帯を配する二重蓮華座の上に同像は禅定印を結んで坐す。マカラの口から放出されるアーチが同像の頭部周辺を囲むが、その内周縁には蓮弁の列が配され、外周縁には波打つ隆起により火炎が表わされている。同像は図像上、他の仏像と同じ形式を持っているが、その作風は独特である。まず体躯表現であるが、同像の肩 幅は非常に広く、上腕は張り、逞しさが全面に溢れ出ている。組んだ脚の筋肉、また臍を中心として前方に隆起する腹部、左右の大腿部の付け根に溝を刻んで鼠蹊部を表現する等、その身体表現は極めて写実的である。一方、同像の顔貌であるが、開眼したアーモンド形の目は異様なまでに大きく、さらに目は全体が前方に突出する。巨大な目に対しV字を描く口は極端に小さい。また、同像の頭頂部にはしずく状の三角形を形づくる炎がのっており、炎の底面には小さな楕円形、そこから発した4本の曲線が先端 まで伸びて5つの炎の舌となっている。何よりも特徴的なのは炎の大きさであり、デフォルメされた表情と相まって、巨大に燃え盛る炎が同像に特異な印象を与えている。なお、上に紹介した作例と同じく、同仏坐像では直接、炎が頭頂部に接する。以上のように、様式化された顔貌、写実的で肉感性を重視した体躯、さらに頭頂と炎の接触の仕方など、パッルールにおける同仏坐像の表現はチェンナイ州立博物館所蔵の金属製仏立像、アールッパーッカムの石彫仏立像と多くの点で通じている。






