「帰国オババ?」由香里さんの逆カルチャーショック

由香里さんは日本育ちで、大学を卒業するまで日本で生活をしていた「パリパリの日本人」であった。そんな由香里さんだったが、英語が大変得意で奨学金も得たことで、大学を卒業すると同時に渡米し、大学院生となった。アメリカでは、まわりに日本人がなかったこともあり、とにかくまわりのアメリカ人を仲良くしようと必死に頑張った。

卒業後、運よくニューヨークでの仕事もみつかり、由香里さんはアメリカ暮らしを満喫していた。ところが、就職してから3年ほど経ったある日、勤めて先の日系企業の上司から「一度日本の本社で修行をしてこい」と命令を受け、なんと6年ぶりに日本に帰ることになってしまった。

由香里さんの日本での生活は驚くほどの「逆カルチャーショックの嵐」であったという。町を歩けば、中年男性が平気でつばを吐くのに驚き、また、若い女性がやたらとグールプで固まって、「キャー、キャー」と甲高い声で叫び、同じような服装をしているのに驚き、また、「七三に髪を分け、眼鏡をかけ、なで肩で、疲れ目をして、グレーの地味な背広を着ている」ような外見の男性が多すぎて、どの人をみても上司の「山田さん」にみえて困ったなど、毎日がびっくりの連続であった。

また、彼女が困ったのが、日本語の漢字変換の能力が衰えていたことであった。「一消費者だけど」といってかかってきたクレームの電話に「イチショーヒ社のどちら様ですが?」と真顔で聞いて相手を怒らせてしまったり、取引先の銀行が「当行では」と言っているのが「投稿か登校か?」とさっぱりわからなかったりと、オオボケ状態の彼女に対し、「帰国子女でもないのに、あんなに外国かぶれになるのはおかしい」「格好をつけてるだけじゃないのか」と同僚たちは首をひねるばかりだった。

そんな由香里さんを悩ませたのは、会社の同僚や上司ばかりではなかった。またに帰ると実家の父親が悲しそうに「昔のお前に戻ってくれ」と言うことだ。自分はそんなに変わっているつもりはないのに、父親の目にはどうもそのようには映っていないようだった。「私は私よ」と最初は頭にきたが、最近はけんかをしても平行線だというのがわかっているので、極力反抗しないように取り繕うようにしている。ただ、本当の自分を受け入れてもらえていないように感じるのが、最もつらいことだという。

悩みの多い由香里さんだったが、日本の生活に慣れてくると、今度は日本のいいところもみえてきた。チップはいらない、道や駅のトイレがきれいで安心、店員が礼儀正しく人をだまさない、電車は遅れないし、終電に乗っても殺人も強奪も強姦もない、公園に行っても麻薬を売っていないなど、安心で快適な日本生活がそれなりに楽しめるようになった。とはいえ、やはり日本はいろいろな面で息苦しく、アメリカにはいつか絶対帰りたいと考えている。東京でできた友達もほとんどが帰国生や「ハーフ/ダブル」の人たちだ。文化の壁を越えるという経験をした者がもつ自由な「空気感」や「独特の視点」をもっているという点で共感できるからだという。

 

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    秋風起 發表在 痞客邦 留言(0) 人氣()